結論、「グラデーションなので時と場合によるけど誠実な方がいいと思う」。ああまた日和見者みたい。
Auramorte(@Auramorte)の中の人、蟻坂だよ。ご機嫌いかが。

だいたい震度3くらいの地震と同じくらいの頻度で話題に上がる「作家の人間性と作品は関係ないよ!いやあるよ!ぷんすか!」っていうトーク。ちょーっとだけ考えたら自分なりに「こうかなぁ」って思うところが出てきたので書いてみるよ。先に言っとくけど乱文だよ。

話題1: 作品自体に人間性が入り込んでよいか

これは「モノによる」と思う。

依頼を受けてつくるもの→人間性は入らない

これは会社の製品で考えるとわかりやすいかも。

会社員は社会の歯車とか揶揄されるけど、実際舵取りと推進をやってるのは経営層なわけで、
社員個人が自分を出して突っ込んでくると「船頭多くして船山に登る」状態になっちゃう。

だから、経営層はトップダウンでやるべきことを指示して、下についている人はその通りに動いて、目標通りの製品を作り上げる。そこに人間性、というか「人間」が入り込む余地はほとんどないんじゃないかな。

「R&Dとか企画でやりたいことやってるぜ!」って言いたくなるかもしれないけど、結局それは自分の責務範囲で最大限のパフォーマンスを発揮してるだけで、目指すゴールはぶれてないよね。

個人の場合も、依頼を受ける以上はクライアントの指示から逸脱してはいけないわけで、下手に感情や性格が出るべきではないのは明らかだね。

芸術作品に近いもの→大いに人間性を反映すべき

で、個人が作りたいように作る場合はそこに人間性を入れ込まないでどうするって思う。

喜びでも怒りでも「こんな曲あればいいのに」でも「注目されたい」でもなんでもいいんだけど、とにかく作者の人格が前に出てくるものがいいよね。

それこそTwitterで自由に発言するときのような奔放さがあって然るべきで、その自由さに人間性が反映された結果、
Twitterの発言のように人によって可愛らしかったり過激だったりいろんなものが出てくるんじゃないかなー。それはそれでいいよね。

はい、この節は我ながら文章がグダグダでひどいから、さっさと次行こうか。

話題2: 作品が素晴らしいだけじゃ駄目か

たぶん皆さんが気になってるのはこっち。
これは、今後を考えると明らかに「人間性が良ければそのほうが良い」と思う。

個人の時代らしいし?

Youtuber、クラウドソーシング、クラウドファンディングといった強力なインターネット上のプラットフォームのお陰で、10年前とは比べ物にならないくらい個人が集客したりお金を稼ぐのがかんたんになってきている。ほんとほんと。

岡田斗司夫さんが『評価経済社会』という本で語ったことがいよいよ浸透してきつつあるのかな、といった感じ。

タイムリー(2017年9月25日現在)な話だと、元SMAPの3名がYoutubeやブログで個人活動をする発表をしていて、「人気と信頼」という資産をそっくりそのまま事務所から持ち出して運用するカタチになる。

時代は変わった。稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾のTwitterアカウントが開設された

彼らはどこに異様が彼ら自身のファンである人が大勢居るわけで、干されようが何しようがコンテンツ商売としては全く不足はないよね。

で、これに限らずSNSで影響力のある個人には仕事が飛んできやすくなる特性がある(インフルエンサーマーケティングとか言ったり)。その上で似たような個人が何名か居たとき、仕事を発注する側として何をモノサシにするかといえば「信頼と実績」だよね。会社と一緒で。「価格」は長期的にはそーでもない。

実績が同じくらいだとしたらレバレッジがかかるのは人当たりの良さとかブログやTwitterの文章が恐ろしくないこととかそういうので、単純に影響力とか作品を作る能力だけ以外にもうひとつ武器を持っていることになるから、そりゃ強いよね。イメージとしてはレーダーチャートにパラメータが3つある感じ。

てことで、信頼はあるにこしたことはなくて、それを勝ち取るためには誠実である必要があって、「わざわざ性格の悪い振る舞いをする人」はそこんとこ機会損失がありそうだ、という話。

カルト人気を狙うのはアリかも

とはいえ、性格は生まれつきのものだし、環境要因(家庭とか)によっても左右される。
これを無視して「誠実なほうがいいよ~誠実になろうよ~」って誰でも言えるキレイゴトをぶん投げて終わるのは僕としてはナシ。そんなのはその辺の育ちの良さそうな人に言わせておけばいいね。

というわけで、「はっきりいって性格悪い」というパターンでもなんとかする方法なんだけど、一言で言えばカルト人気を狙うしか無い気がする。ごく一部の人に手堅く支持されて生き延びるっていうやつ。

「何をやっても嫌われる人には嫌われるからどんどんやれ」とか最近SNSで嫌というほど目にするけど、これは逆も成り立って、「おかしな人でも知り合いは居る」し「多少性格に難があっても尊敬する人が出て来る」こともあるんだよね。

もちろん確率で言えば「いいひと」のほうが遥かに強いんだけど、逆に彼らの入れない隙間を征服できるという強みがある。そんな「少数派のための存在」になるならば、あるいは可能性が見えてくるかもしれない。

そして、その上で人格があまり見えにくいもの、例えば音楽だとオーディオストックのようなストック型収入を増やしたりして「中の人がよく見えない」状態をキープするのは一つの手だと思う。いくら性格悪くたって見えなきゃバレないもの。

おわりに

ちなみに僕は「多少性格が悪くても、自身の考えを持っていてその態度が一貫している」ならば多少ヒールでも気にいるタイプだよ(積極的にコミュニケーションしたいとは思わないけど)。

皆さんは、どういう人を支持したくなるかな?

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