マルチタレントな人を演じるためのズルいテクニック

「外から見た時それっぽい」ように見せること。
Auramorte(@Auramorte)の中の人、蟻坂だよ。ご機嫌いかが。

ある一部分だけでも「良い」と思わせられる

あらゆるアウトプットには必ず個人によってクセがあるんだ。「得意分野」とも言うよね。

多くの人が「こうやってるんじゃないかな」と思うところと、大した事のない自分の場合をミックスした考察をしてみたよ。

絵の場合

例えば絵の場合、異様なスピードで異様なクオリティのイラストを仕上げる人がSNS上にゴロゴロしているわけだけど、これでなんなんだこの国のニンゲンはと思うのはちょっと早い。よーく観察してみよう。

多くの場合得意な絵柄に絞っているはず。例えば「右向きの顔があんまり無い」とか「人体イラストは多いけど動物は描いてない」とか。

興味がなくて描いてない場合ももちろん多いのだけれど、それでも上手くいったやつだけ見せていると、それを見る人からはなんでもできるように見える。ワンドロなんかはその「得意なところ一点突破」に特化した例だと思う。

ちなみにこれがプロになると注視点を意識して手を抜くところと注力するところの振り分けが自由自在になるらしい。背景イラストレーターの人が1時間で凄まじい背景画を仕上げる秘密は多分この辺。

音楽の場合

音楽の場合も同じだよね。

例えばバンドの人はロックを作らせたら凄いんだけど、オーケストラを書ける人は激減するだろうし、クラブで活躍するトラックメイカーに民俗音楽を作らせるのはあまりにも酷。

だけど、絵と一緒で、それを聴く人からしたら「曲作れるの凄い!」ってなるし、少なくともその得意な分野においては全然それで問題ないよね。ヘヴィメタルバンドが突然ヒーリングミュージック始めたら怒るでしょ(?)。

というわけで、実は「DTMer」もたくさん居るようにみえるけど、みんなそれぞれ得意なジャンルとかコード進行とか音色のクセがあるのね。

文章の場合

もはや蛇足な気がするけど、個人的三大創作ジャンルなので文章の場合も一応。

「文章」と一口に言っても色んなジャンルがある。

  • 小説
  • 随筆
  • 詩、詞
  • 俳句、短歌、都々逸
  • ハウツー系(←こういう文章って本当はなんて呼ぶんだろう)

で、それぞれ必要なスキルは異なるよね。共通するのは語彙力とか表現力だろうか。

たとえば僕は、随筆的なとりとめのない話か、どっかの本に書いてそうなハウツーとか手順、あと感想文の類は書けるけれど、小説は書いたことがない。作詞はできるけれどブログの一記事よりずっと時間がかかる。

こんな風に、やっぱりあらゆる「創る」行為において、やる内容によって得意不得意は分かれるのがなんとなく予想できると思う。

「10%」+「10%」でマルチタレントモドキに

さて、もしかしたらコレ、ある分野の、習得時間が短くて済むたった10%くらいの部分をたくさん覚えれば、一見なんでもできるように見えるんじゃないだろうか。

例えばバンドサウンドできるようになったら満足して音楽からイラストに行って、人体デッサンを覚えたら今度は掌編小説の書き方だけ覚えて……みたいな感じ。

結果的にはこれ、第三者から見ると作曲が出来て小説を書けて絵も描ける人に見えるんだよね。不思議なもんでしょ。

習得自体をショートカットする

例えば、音楽だったら今は便利なツールがたくさんあるので、コードとかスケールの勉強をすっとばしたり、ループを組み合わせるなどの「ルール上問題ない手抜き」がある。

イラストだったら、CLIP STUDIO PAINTが最強だよね。パース定規とかデッサン人形とか至れり尽くせり。ものすごい数のフリーブラシが揃っているから、難しいテクスチャもちょいちょいっとできちゃう。

応用すれば、たとえばWebサイトはテンプレートを土台にして作れば少ない時間でかっこよくできるし、CDジャケット制作はPhotoshopとかIllustratorのチュートリアルをたくさんスクラップして組み合わせたら結果的にはそれらしくなる。

こんな風に、色んなところに「便利」がたくさんある時代なので、アンテナを張って大量にインプットすることも重要なのかも。

おわりに

この記事は、「1万時間なんかクソ食らえ」という痛快な見出しが印象に残った『たいていのことは20時間で習得できる』の影響でお送りします(僕もあの理論は好きじゃない)。

新しいことを覚えるのが途方もなく高い山に見えて仕方ない人におすすめ。

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