創作活動のモチベーションになるもの、ならないもの

※以下は主観的計測に基づく判断です。って書いとかないと面倒だよね。
Auramorteの蟻坂(@4risaka)です。ご機嫌いかが。

今日はモチベーションという正体不明の概念について、主観的なお話をしようね。

創作をしていて大きな燃料になってくれるのはこの「モチベーション」というもので、もっというとそれを引き出すキッカケだと思う。で、ネットでもリアルでもいいんだけど、創作を続けるためにどういうときにモチベーションが上がるか?あるいは対して上がらないか?みたいなのを極めて個人的に思う範囲で書いてみたよ。

モチベーションになるもの

まず「なる」ものから。

成功体験

一番イメージしやすくて読者の皆さんもピンとくるのはこの「成功体験」じゃないかと思う。

成功といっても、別に完売したとかバズったとかものすごい飛び上がり方をする必要はなくて、ちょっとフォロワーに話題にしてもらえたとか、ダウンロードしてもらえたとか、99人に無視されても1人に評価された事実のほうが将来の希望に繋がる。SNSでコメントされるのでもいいし、閲覧数とか売上みたいな数字もいいね。

作家のダニエル・ピンクは『モチベーション3.0』で内的動機づけの重要さを語っているね。アメとムチ(インセンティブと躾)のモチベーション2.0では不足があって、必要なのは「達成感」とか「貢献意識」が真に重要であると。

たしかにこれは報酬として最強。自信は資産のように蓄積されて未来のあなたを上向かせる力がある。だから、長期的にはこれをキープできるように頑張ると、心が折れないで済むんじゃないかな。

怒り

しかし最初に上げた「成功体験」には難点がある。成功したことなかったらどうすりゃいいのかわからないんだ。「やる気を出すためのやる気が無い」みたいな。

そこで僕が取り掛かりとして最も原動力になりうるものとして考えるのは怒り

ステロタイプな怒りとは限らない。例えば悔しさとか恨み、憎悪だってそれだけで1年以上引っ張れるくらいはエネルギーがある。

  • あいつを見返してやる
  • あんなのと一緒にはなりたくない
  • あれは間違ってる

モダンアート系の作家さんは強烈な自己主張を作品にぶつけるよね。ロックバンドだってそう。いつも一歩目のモチベーションは他でもない自分の内部から出てくる情動にほかならないはずだよ。

だから、行き詰まったり飽きそうになったら時々思い出すんだ。絶対に再燃するから。というわけで、成功体験とは対照的に、短期的に強力なんじゃないかな、と考える。

達成感

ちらっと成功体験の項で触れたけど、「達成感」は結構強力。特に他者に向くものは強い

他者貢献はアドラー心理学でも触れられたりしているね。『嫌われる勇気』はこの手の本にしては名著だよ。

「貢献してやったという自己満足」が幸福感になって、幸福感をもっと得たいという欲求がプラスの循環を生む……という、単純な話。脳内物質の導きという点ではアル中と一緒だね(台無し)。

具体的には「同人音楽のコンピに参加した」とか「アンソロジーに原稿を出した」というのは、作品を差し込むという自己主張と、共同体でひとつの作品に向けて力を合わせたという実績という点がひとりで頑張るのとは違うよね。

それにね、ひとりで頑張っても目を向けられない可能性は非常に高いんだけど、コンピとかアンソロジーというのは共同参加者の人脈と信頼を間借りできる。つまり無名でもなんか作れば「買ってもらった体験」はできるんだ。

成功体験と違う点だけど、達成感は、成功失敗にかかわらず「やりとげた」というゴールの感覚それ自体を指すよ。発表して注目されるかされないかはまた別の話。

モチベーションにならないもの

なーんだかふわっとしたものばっかり「モチベーションになる」と考えたわけだけど、じゃあ逆にならないものはなんだろう?

安易な承認

はい、テキトーな承認欲求の満足ほど安っぽいものはない、と思う。

たとえばSNSの「いいね」稼ぎなんだけど、これ短期的には結構意欲になると思うんだ。だけどね。文章なんかでネタを投稿している人のごく一部が嘘つき怪人に成り下がるように、モノ撮りだけしていたキラキラ女子が娼婦に堕落していくように、ある危険が存在する。

それは欲と自己愛に取り憑かれること。こうなっちゃったらもう化け物で、ドーパミンが服着て歩いてるだけになってしまう。

「なるもの」の項で挙げた怒りみたいな内省的な動機とか、他者貢献もやっぱり内部から外部に向かう動機なわけだけど、この単純な承認というのは他者に依存しまくっているところがポイント。いつのまにか目的を見失って、欲と快楽のために行動原理が働くようになってしまうかもしれないね。

内的な動機づけというのは必ず長期的に役立つ成長を生む(成功してもっと大きなことができるとか、怒りからスキルを磨くとか)ものなのだけど、これは延々同じところをぐるぐるしがちなもの怖い。

必ずしも悪いとは思わないけど、全然コントロールが利かないので依存しないほうがいい、と僕は思う。え?Twitterでマンガ書いてグッズとか単行本出してる人がいる?いやいや、彼らはコントロールと戦略の立て方が明らかに上手でしょ。

お金、ごほうび

意外なところだけどお金などの具体的な報酬は長期的にモチベーションにならない

これはエドワード・デシの研究でも明らかになっているから知ってる人は知ってるかも(研究について詳しくは取り扱わないけど)。

ええと、お金とかごほうびをもらえると、とりあえず嬉しい。だけど、次に同じような成果を出した時、そういう報酬が一切なかったらどうだろう。「おい、今回はないのかよ!」ってやる気がちょっと無くなるよね。

……というのは直感的にわかると思うんだけど、こんなふうに報酬がある状態が基準になっちゃうので継続的にモチベーションを上げるにはどんどん報酬を上げていく必要があるというわけ(さっきの「承認」の項での「いいね」数に置き換えても通じるね)。

これでは無限大に発散して手詰まりする未来が見えるね。そしてその瞬間動機づけの材料がなくなって心が折れるのもすぐ予想がつく。やっぱり目の前のニンジンで欲を満たすのは危険なようで。

ここで重要なことを言っておくと、「報酬はいらない!やりがいが全て!」ということではなくて、「報酬は報酬で取引上適切な程度に受け取って、それ以上に自分の行いを認めてもらう」という状態が健全だ、ということ。自分でやりたくてやったこと、それ自体が評価につながれば最高だよね。

もうひとつ直感的にわかる話をすると、皆さん同人活動はカネ儲けが動機づけになってないでしょ?「やりたくてやって、楽しんでる」でしょ?そこがモチベーションの本質ってこと。

おわりに

……という具合に僕は考えたんだけど、みなさんはどう?自分に一番しっくりくる動機づけはなんだろうね。

あ、内的動機づけは誰に対しても最強なので抑えておこう(詳しくは『モチベーション3.0』を読んでね)。

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