「早起きする朝型ゴスロリ」は暗黒の美学を持つにふさわしいか?

ゴスは夜に生きる存在。だけど僕の答えはイエス。
Auramorteの蟻坂(@4risaka)です。ご機嫌いかが。
今日はタイトルにあるように、一見相容れないGothic&Lolitaと朝型人間の話をするよ。

Gothic&Lolitaは夜に生きる

簡単に想像できる通り、Gothというのは

  • 生より死
  • 白より黒
  • 動より静

に生きるもので、当然ながら明るいものより暗いものに倒れる。だから当然、「朝より夜」も成り立つよね。

ところが、今のところGoth趣味に傾倒している僕は朝型そのものみたいな活動形式をとっていたりする。これはなんだか相反するような気がするんだけど、形式にこだわって夜に生きるというのも馬鹿みたいなので、資料を引用しながら解釈してみる。

現代にはかつてのような夜は無い?

そもそも、東京や最近だと地方都市のような大きな街というのは、「眠らない街」とか形容されるように、根本的に夜になっても夜の持つイメージを全く内包していない

明るいビル群の明かりのお陰で星は見えないし、近代的な交通機関は日付をまたぐまで動いている。歓楽街なんて翌朝まで騒いでるんだよね、確か。

……って考えると、古き良き頃の持つ「静寂」だとか「暗闇」といったいかにもGothっぽいモチーフを備えた夜なんて無かったりする。

そこから掘り下げていくと、ある考えに結びつく。これは先人が答えを出していたので、それを引用してみよう。

「夜は世俗の手に落ちてしまった」

言い得て妙。こんなことをしたためたのは、『下妻物語』の原作者である嶽本野ばら氏。

彼が乙女の在り方について語ったエッセイ集『それいぬ』で、僕の疑念をぴったり言い当てる面白い言葉があったので紹介するよ。

「芸術は夜つくられる」と昔の人はいいました。が、僕たちはそろそろそんな迷信を捨てなければなりません。確かにその昔、夜は特権的時間でありました。が、今や夜は世俗の手に落ちてしまったのです。終電が過ぎても街には人が溢れています。彼らは夜に大して過剰な意識で臨んでいる訳ではありません。夜の持つ迷信の力を少しばかり利用しようとする小賢しいエセ不良。現代の夜を支配するのは、そんな民主主義的な昼と夜との両刀使い達ばかしです。

ね。まさにその通りでしょ。

朝は支配的

そんな夜型の世俗が支配する時間から追い出されたとして、ではどこへ向かうべきなのか。と考えると、必然的に行き着くのは朝、それも早朝しかないよね。

なんだか爽やかだったり明るい日差しなイメージがあるけれど、その実態は世俗の手に落ちていない、孤高と静謐が支配する創造的な時間なんじゃないかと。「明るい」などの表面的なところは単なる記号で、本質的にはかつての夜であり、Gothが立つべき位置なんじゃないかと、そんなようなことを思い始めていたら、やはり嶽本氏に先回りされていた。

健全な行動、クラシカルな思想こそが、清濁併せ飲みすぎるものわかりのいい現代においては、最も危険なデカダンスなのです。そう、これからの芸術は朝つくられるのです。
:
(中略)
:
誠の高貴さがあればこそ、朝の清楚な空気はそのエッセンスと反応して互いのデカダンスを抽出しあうのです。朝を制することは、夜を制するより数倍困難です。

タイトルの質問に戻ろう。思考をアップデートすると、夜より朝こそ真に支配的でデカダンスだとも解釈することができる。だから、今のところの僕の答えとしては「イエス」なんじゃないかなーって。

俗悪は眠気と酒にひれ伏してすっかり鳴りを潜め、その隙間になる朝にデカダンスとゴシックが萌芽する……などと解釈したら、なるほど朝型の生活スタイルも高貴なものに見えてくるんじゃないだろーか。

終わりに

早寝早起きはいわゆる「シンデレラタイム」に正しく睡眠が取れることで肌質が良くなるほか、起床2〜3時間後に最も脳の効率が上がるらしいので、まあ、創造的に生きたいなら健全健康に過ごすのが一番だよね〜。

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