同人音屋にマーケティング思考が必要か不要か問題

「人による」(日和見者が言いそうな結論)。
Auramorteの蟻坂(@4risaka)です。ご機嫌いかが。

たまーに取り扱われては腫れ物を触るような中途半端な議論になりがちな「どうやったら聴いてもらえるの?」系のお話。

僕は少なくとも本気でやるならマーケ思考は必要だと思っているのだけれど、不要は不要でそういう人も居るので、いずれのパターンも考えてみたよ。自分はどっちに当てはまるのか考える参考になればいいな。

あ、「いいじゃん!愉しめれば!」みたいなのは根本的にナンセンスだから、閉じたほうがいいかも。

必要の論理

まず「必要だ!」と思う人の考えについて。

音だけじゃダメだから

単純に「音楽だけで勝負」というのが根本的に幻想だと思っていたりする。だから、先人たちが築き上げてきた「売る技術」であるマーケ思考は必要、という考え。

メジャーデビューする人とか、Youtubeで爆発的人気になる人を見て「彼らは音楽がいいからヒットしたんだ」と評価をする人が居る。だけど完全にマスマーケティングの魔術にハマっていると思う。

論理の誤謬というか、順番が逆というか、「音楽がいいからヒットした」ではなく「いい音楽をヒットさせた」だと思うのね。つまり先にコンテンツがあって、そのための環境整備がされたから。わかりやすく言うと「スポットライトを当てたから」。いいだけの音楽ならそこらじゅうに転がってるよね。

たとえばラジオのパワープレイナンバー、CMタイアップ、雑誌の特集、なんでもいいんだけど、そこには明らかに音楽ではないメディアが入る構造ができているよね。

だから、「いい音楽」だけでも露出の機会を増やして多くの人の耳に入れることをしないと根本的に広がらない。で、そのためには(個人的な発信も含めた)メディア展開、PRの技術がとっても有用なわけで、自ずとマーケを上手く使うというところに導かれるんじゃないかなーって思う。

というか、そもそも音楽だけって何だ?という話がこの手の議論でまず明確になった例がない。SNSを使うのは「音楽だけ」なのか?ライブハウスを使うのは「音楽だけ」なのか?どういう状態を「音楽だけ」とするのか?この辺の定義が宙に浮いた状態で話だけが進む。だから「音楽だけ」という考えがそもそも幻想なんじゃないかという疑惑が出て来ると思う。

不要の論理

一方で、「同人音屋の」というタイトルであれば不要だという考え方もできる。

別に売れるのが目的じゃないし

見出しが全て。マーケティングというのは商業由来なので、人全体をマスで捉えて、最大の効果を出すためにはあーしてこうして……と結局資本主義に絡め取られるタイプの論理になっている。

ということは、利潤を追求しない同人で考えた場合、結構相性が悪い、というか目的を履き違えてしまうおそれがある。

だって同人って「同じ志の人」って意味だし、そのグループ内でいいものを共有できればそれで十分だったりするわけでしょ。その結果としてコミュニティが形成されて、新たな友達ができて……みたいなツナガリを意識するのであれば、別に不特定多数に売り込むマーケティングの考え方なんか要らないわけ。

この場合、SNSへの投稿なんかは完全に「仲間と共有する」のが目的になってくるわけで、拡散なんかは偶然に発生するかもしれないけれど、大体フォロワー間でわいわいできれば満足で、あんまり広まって注目されて……なんてことが起こると、逆に製作者のキャパシティオーバーで精神的な負担になっちゃって、むしろ創作に悪影響を及ぼすかもしれない。

って考えると、いくらインターネットで多数にアプローチできて、色んなメディアによる発信手段があるにしたって、「意図的にそれらを制限する」ことで自分の小さなコミュニティを守るという考えはあっても良いと思う。

ほら、RTされまくると変なリプライとか飛んで来るようになるでしょ。あんなふうにコントロールできない領域に行っちゃうのは本来望んだものじゃないこと、あるよね。

結局目的と「Why?」に依る

で、たぶん「必要」も「不要」もそれなりに筋が通ってると思うのだけれど、気付いてほしいのは目指すべき立ち位置が違うということ。だから人によってどっちを取るかは異なる。これを十把一絡げにして片方を馬鹿にするのは一番間違えてる。

目的を抑えればおこのみで

まず「必要」と考えるのは、あなたの目指す立ち位置がマーケティングが手段として有効なパターンだから。

つまり、

  • メジャーデビューしたい!
  • 有名所とタイアップしたい!
  • 音楽だけで食べたい!

みたいな野望があるとき。こういう時というのは絶対に人気と信頼とお金が必要になってくるので、全力で認知されるための手段を取らないと行けない。SNSとかブログとか、色んなサービスの活用とか。

一方で、「不要」と考えるのは、そういう野望がないとき。

  • 同好の士ともっと話したい!
  • 細く長く、楽しくいろいろやりたい!
  • なんとなく表現できていればそれでいい!

という感じで、趣味の一環を全力で楽しむこととか、友達とわいわいする楽しさを優先するなら、下手に売り込むための考え方を持たないほうが健全だったりする。

だったらSNSも下手に手を広げて時間を削るよりか、TwitterとSoundCloudだけに絞って、販路も皆使ってるやつに適当に合わせるのが良くて、「ブルーオーシャンの開拓!」みたいなだいそれた事をしてもあんまり意味がないのはわかるよね。

余談だけど、芸術家はみんな「不要」派かと思えばそうではなくて、例えばモダンポップアートの村上隆さんなんかは、しっかり分析した上で自分のできることを考え抜いてる。詳しくは著書。

欲張る怠け者は良くない

1個だけ致命的に駄目なのがある。極めて受動的なのに人気だけはほしいという態度。これは傲慢だと思う。

たぶんこれこそが「音楽だけ」の幻想につながってくるんじゃないかと思うのだけれど、

  • なんとなく曲作って
  • なんとなく偶然ヒットして
  • なんとなく作ってればお金もらえて食える

という宝くじを当てに行くみたいな思考は絶対に成就しないので残念ながらやめておいたほうがいいんじゃないかな。

ゆるいスタイルで行くなら爆発的な人気はまず来ないもんだと思ったほうがいいし、逆に頑張るなら「ゆるいつながり」は捨てざるを得ないと思う(ゆるい人から見たら嫉妬を買いやすかったりするので)。

承認欲求に取り込まれて化け物になっちゃってる人も居たりするけれど、どう考えても「聴いてー!!」って叫んで人気になるわけがないし(実際そこのあなたも拡散しようと思わないでしょ?)、SNSでバズったりメディアに拾われる人というのは必ずそれなりの理由がある。それを考えることをしないで嫉妬と怒りと欲望に飲まれているのは単純に格好悪いよね。

てことで、別に難しいこと考えなくてもいいから、自分でアンテナ広げて、認知とか知られるキッカケづくりみたいなのを軽く勉強してみるのがいいと思う。

この記事を読んで「何言ってんだオマエは」って反骨精神に燃えるのも大いにアリ。要するに「自分で考える」ができるかどうかだと思う。

おわりに

大事なこといい忘れてた。人間観察の好きなコミュ障のあなたの場合、マーケティングは絶対ハマる

ビジネス小説でさくっと事例が頭に入るので、この本が導入にはいいかも。胡散臭いタイトルだけど有名なフレームワークは一通り理解できるよ。全3巻構成。マーケは1巻だけでもいいかな。

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