結論、するべき。
Auramorte(@Auramorte)の中の人、蟻坂だよ。ご機嫌いかが。
インターネット即売会APOLLO第8回が2018年6月に開催されるということで、同人・インディーズの作家のひとたちが賑やかだったりそうじゃなかったりする今日このごろ。
じゃあ、インディーズなゴス系音楽プロジェクトのAuramorteも参加するべきなのか?という話になるんだけど、正直迷った。
APOLLO印象もろもろ
実は過去に何回かAPOLLOには参加していて、そのたびになんか引っ掛かるものを感じるのでそろそろ形式的な参加するのはやめとこうかなと思ってたところなんだよね。
UXの課題
まず即売会なんだけどやたら閑散としているように見えるUXが気になって仕方ない。 リアル即売会だと、ほら、周りに人がうろうろしていて、会話も耳に入ってくるし、言うまでもなくそこには人と人とのコミュニケーションが存在する。臨場感が伝わってくる。
……のだけど、ネット即売会はどうだろう。少なくともAPOLLOのページを回遊する限りでは人が居ないんだよね。Twitterと連携する前提なんだろうけど、それはそれで別の引っ掛かりがあるので後述。
正確には、ページのコメント欄とか「いいね」ボタンとか、Twitterなどのシェアボタンとかに記録が残るから、全く自分以外の人の存在を認識できないわけではない。ところが、これは後述するけどユーザーの要求とズレてた感が否めないところがあって、実態としてそこまでコメント欄でワイワイなってるかっていったらなってない。
……だったら集客以外の意味があんまりないというか、どっかの配信プラットフォームに音源置いといてPR頑張ったほうが個人的には楽かなーと思ってたりする。
ちなみに1回作品を登録してあとはほったらかしという酷い参加の仕方をしたことあるんだけど、売れちゃう。即売会じゃなくて手っ取り早い認知スポットに……!うーん、なんかちがうなぁ。そんな認識。
作り手×作り手の相性と参加者の振る舞い
即売会という特性上作り手が集まる傾向にある。そしてこれは事実として、作り手は作り手をほとんど拡散しない。
コメント欄が妙に静かなのはこれが一つの理由なんじゃないかなと思ってる。つまりよその作品に構ってられないのが多数派ってこと。
設計意図としてはこの辺でわいわいコミュニケーションを取る感じだと思うんだけど、もうみんな自分の喧伝に躍起になっちゃってそんなもん使わねーよ状態な現実が見えたり。
作り手がやりたいことは作ることなので、こうなるのはある程度仕方ないと思うし、別に感想やらコメントのシェアで他人の作品をアピールする義理も動機も無いんだから、実際そうなるのも納得がいく。
開催中、Twitterのハッシュタグ「#PixivAPOLLO」を眺めれば即売会の様子を確認できる。ところが見渡す限り8割くらい自分の作品の喧伝。さっき書いたように「そうなる」こと自体はある程度仕方ないので尊重するけど、では自分がその欲望渦巻く中に入りたいと思うかというと個人的なモラルに反するのでそれはNG。距離を置きたくなってしまったというわけ。
更に付け足すとネット即売会プラットフォームとして独占開催状態なのも、UXに課題が多いままココまで来ちゃってるひとつの理由だと思う(ユーザーが流動しないので競争原理が働かない)。え、同人に市場原理を持ち込むなって?フヒヒ。
さて、見苦しい愚痴はこの辺にして、それでもAuramorteとしてAPOLLOに出ようと思う理由を次節に書いてみるよ。
「そんな感じ」だから参加する
わけがわからない動機に見えるよね。逆手に取るんだ。
問い質す対象を見つけた
ここまで確認できたことは、
- 喧伝しまくる声が目立つように見える
- コミュニケーションが設計意図より活性化されていないように見える
- ついでにBOOSTや感想の量に格差がある(実力の差を可視化したとも言えるけど)
というあたり。じゃあ、そんなんなっちゃってるのはどうして?というのを、仕組みとか心理みたいな科学的な話ではなく、人間観察に由来する哲学的な観点から紐解いてみたくなる。もちろん答えの出ない問い。でも問い続ける。ねえどうして?どうして?と、当事者を矢面に立てて傷口をクチュクチュと刳り続ける。そんな感じのにしたい。
こうなってくると、Auramorteが根幹にしている「居場所」のテーマ、そしてニンゲンの本性を暴くゴス的なモチーフにも合致してくる。つまりプロジェクトのPHYLOSOPHYに当てはまる。
問い質そう。
AuramorteはAPOLLO第8回に参加します
そんな具合に動機づけが僕の中で完璧に成り立ったので、アラタメマシテ、AuramorteはAPOLLO第8回に参加してみようかと思います。
テーマはここでは書かないけど、僕のTwitterを日々支持してくれる支持者の皆様なら簡単に察することができるはず。時間の関係でシングルサイズの予定だけどそれで十分なので乞うご期待。
喩えるならば群像劇。フリークショー。ペニー未満の穢れた少芝居。そんな感じ(どんなだ)。
おわりに
さあさあ、愉しくなってきたね?人間観察が好きな貴方、生きる意味を問いたくなる貴方、放っておいたら後悔するよ。